【我が愛しのパリ】アカネ嬢との三年間 ②
『我が愛しのパリ〜バカ社長奮闘記〜後編』
これまでのあらすじ
2012年のフジロック。
友人の1人がカフェ・ド・パリの踊り子『アカネ』に恋をした。
下戸にも関わらず、アカネ嬢に何と1万円ものチップを渡し、テキーラサーヴィスを受けた彼はそのまま撃沈。
その羽振りの良さから『バカ社長』の異名を授かる。
酩酊した意識の中、バカ社長は来年のフジロックでの再会を心に誓ったのであった。
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そして2013年。
バカ社長、苗場へ帰還。
「1年ぶりのパリだぁー!!」
彼の中で、もはや『苗場=フジ』では無く、
『苗場=パリ』となっていた。
快晴のグリーンステージには目もくれず、
一目散に奥地へ向かう。
たどり着いたパリ。
やはりここのモヒートはウマイ。
ポールダンスが始まる頃には、みんないい気分になっており、バカ社長を煽る
「シャチョサーン、シャッチョーサン!
ゲーマン!ゲーマン!」
「ゲーセン、ノー! ツェーセン、ノー!
ゲーマン!ゲーマン!」
1年ぶりのアカネ嬢が、ステージを終え客席を回りだした。
社長はすでに万札をなびかせている。
最初、バカ社長に気付かなかったアカネ嬢だったが、社長が一年分の思いを込めて、
「パッシィィィーンッ!!」
と、万札をアカネ嬢のケツに引っ付けると、
「キミかぁ〜!」
やはり万札は強い。
ファンとの再会が嬉しいのか、
上客を掴んだことが嬉しいのか、
アカネ嬢はニコニコしながらバカ社長にテキーラを注いだ。
「あっ、確かキミお酒飲めな……」
時すでに遅し。
バカ社長は恍惚の表情でテーブルに倒れ込んだ。
…これ全部、去年見たやつだ。
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さらに時が経ち2014年。
今年も『パリロック』がの時期がやってきた。
この頃になると、社長はアカネ嬢のブログ読者になっていた。
しかも何と!
そのブログによると、アカネ嬢はフジロック直前にポールダンス世界大会に出場し、
第3位!
世界3位になってたのだ!
マジですげー人だったんだな。
なので今回は事前に、『目録』に入れて一万円を渡してくれ!と社長に依頼していた。
「俺、今年もやんのぉ?」
そりゃそうだ。今年でアカネ嬢に3万円貢ぐことになる。
昔なら早割で通し券が買えた額だ。
電話越しの弱気な社長に一抹の不安を覚えつつ、今年も苗場に向かった。
現地で社長に合流すると、手にビニール袋を持っていた。
ビニール袋のキャパを超えた長方形の何かが、シルエットを露わにしている。
『目録』だ!
敢えてそれには触れず、私たちはパリへ向かった。
(中略)
そしてアカネ嬢が我々のテーブルへやって来た。
さすがに3年目となると向こうも覚えたらしく、バカ社長との再会を喜んだ。
社長がセカンドバック(ポシェット)から先程の袋を取り出すと、
「アカネさん、おめでとう」
と、目録を手渡した。
「えー!ありがとー!」
感激するアカネ嬢。
「え? ってかキミ、
これ『御祝儀袋』じゃーん!」
なんと、バカ社長が渡したのは『祝結婚』と書かれた御祝儀袋だったのだ。
ホレた女に結婚の御祝儀袋を渡すとは、
これぞバカ社長の真骨頂である。
しかし、何だかんだみんな笑顔で、
カフェ・ド・パリはポジティブなバイブスで溢れた。
アカネ嬢はホントに喜んでくれたようで、
当時の自身のブログにもこのことをアップしている。
三年の歳月が結んだ2人の絆の証である。
せっかくなのでリンクを貼っておこう
https://ameblo.jp/kirakira119255/entry-11900904099.html
ちなみに、
その後の社長はというと、以下同文である。
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2015年。
3年に渡るパリとの関係は、
突如として幕引きした。
その年も我々はパリへ向かったのだが、
いつものパリと様子が違う。
何かがおかしい。
客が異様に多い。
しかも女性客が多い。
モテない男達の集う場末感がない。
そしてダンサー達が現れた時にそれは決定打となった。
アカネ嬢がいない!?
茫然とするバカ社長。
本当にここが、我々の愛したパリなのか。
まるで何もかもが変わってしまった。
人が多いため、吸えないタバコ。
立ち見の方に配慮した回転の早いテーブル。
何より埋めることの出来ないアカネ嬢の空いた穴。
その時、力の抜けた彼の掌から
諭吉がヒラリと落ちるのを
見たような気がした。
もはや我々の愛したパリはそこに無かった。
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あの夏からもうすぐ6年。
アカネ嬢は今、どこの国のどこの街で、
ポールをこすっているのか。
仲間内で知っている奴は誰もいない。
アカネ嬢との関係に終止符を打ったバカ社長はというと、
女に振られて浅草を飛び出すフーテンの寅さんのように、
この日本を飛び出した。
その後、フィリピンのマニラへ移住し、現地女性と結婚。
先月3人目の子供が産まれたらしい。
彼は遠い地で家族に囲まれ
今では幸せに暮らしている。